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Laiškas iš Lithuania #27-05

2016.05.13|

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リトアニアに着いてから数日、いえ本当は日本からずっと、コンタクトをとりたい人がいました。ずーっと昔から仕入れている、いろいろな色の麻の糸玉を作っているおじさんです。これまで、もうどれだけの色をお店に並べてきたでしょうか。リトアニアを訪れるたびに集められるだけ集めて、でもここ数年の間に少しずつ手にできる色の数、そもそもの糸玉の数が減ってきていました。いつか作り元を訪ねて、思いっきり仕入れてみたいというのが、予てから願いのひとつだったのです。それで、今回の旅では絶対に会いに行きたいと思って、麻糸よりもずっと細い糸を辿ってようやく連絡をつけることができました。一度、出発前日にリトアニアから間違えて電話をもらって(SMSを送ろうとして間違えてかけてしまったら、掛け直してくれました)今持っている限り全部の知識で会いに行きたいことを伝えようとしたけれど、残念、私の今のリトアニア語では伝わらず、「アツプラショウ、アシュネスヴィスカススプラントゥ、ヴィソギャロ(申し訳ないけれど、何言っているかわかりません、さようなら…」と電話は切られてしまいました。いや、こちらが申し訳ない……。

とまぁそんなわけで、今回はきっと会いに行くぞ!と思ってリトアニアの友人に電話をしてもらったのですが……残念ながらもう引退されていて、麻糸の売買はされていないということ。数日前にいつも覗く顔なじみの手芸店でも「今回はフラックスしかないのよ……」と顔を見るなり言われていたので、もしかしてとは思っていましたが、あぁ本当に残念……。いつも絶妙ないい色があったのです。撚り糸の太さもちょっとしたラッピングなどに丁度いい感じで、お店のタグやプレゼントの包装にどれだけ使ってきたかな、と考えたら「どうしてもっと早くこの方法を試さなかったんだろう」と自分を叱りたい気持ちでした。

でも仕方がない。友人が気を利かせて、今手に入るであろう場所を聞いてくれて、明日会いに行く算段をつけてくれました。どうやらカウナスの駅からさらにバスで30分くらい揺られて行く遠い場所のよう。電話に出たおばあさんは「普段だってそんなにお客さんは来ないのに、日本から?」と驚いて笑っていたそうです。この電話をしたのが水曜日。できる限り集めておいてあげると約束してくれたのを受け取りに、今日はいざ、カウナスへ! 去年の5月に亡くなったスタシスさんの1周忌に合わせて、ロムアルダさんにも会いに行きます。

 

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カウナスから戻ってきました。おうちに着いて少しして、スタシスさんのお墓に挨拶をしにいって、スタシスさんが大好きだった芍薬の花を添えてきました。初めて会いに行った日のことを思い出して選んだ花です。帰りに、庭に満開に咲いた芍薬の花を走ってきて渡してくれたスタシスさん。いつもニコニコして、楽しいことを探すのが得意そうだった(そして実際にそうであると彼処で垣間見えた)スタシスさんと撮ったたくさんの写真は、今でも私の宝物で、スタシスさんに会いたいなぁと思うことが今でもよくあります。リトアニアにいなくても、声をふと思い出して「スタシスさんはお元気かなぁ」と呟く時があります。ロムアルダさんと娘さんのアグネと3人でお墓に行って、スタシスさんに話しかけていたら、今だったらリトアニア語でたくさんたくさん話せたのに……と気づいて泣きたくなりました。私ですら会いたい会いたいと思うスタシスさん。ロムアルダさんはどれほど……と思ってこらえたけれど、本当に笑顔が素敵で、明るくて楽しくて、誰からも愛された方でした。お葬式では、通常では考えられないほどの数の参列者がいたそうです。今でもスタシスさんのことを思い出すと、笑顔と大きな笑い声ばかりが浮かんできます。

広い墓地に眠るたくさんのひとたちのなかで、スタシスさんは初めての火葬による埋葬を選んだそうです。初めて会った時、「日本では人が亡くなったら火葬するって本当?」という質問に「はい」と答えたら、ものすごく怖がっていたことを考えると、なんとなく感慨深く思いました。(リトアニアではまだ火葬場は国全体で2箇所ほどしかないのだそう)1周忌を前にロムアルダさんは美しく整えていて、大きな石やモミの木の苗や、自然のものがたくさんあしらわれた落ち着いた場所になっていました。背後に森、墓碑からは一面広がった野原にたんぽぽが揺れ、草花を世話したり観察したりするのが好きだったスタシスさん、きっと嬉しそうに笑っているような気がします。